スクロール

1960 “複写機の大塚商会”の誕生

東京・秋葉原の一角で上げた産声

東京・秋葉原の一角で上げた産声

大塚商会は、複写機と感光紙を取り扱う販売会社として、1961年7月17日、東京・秋葉原の一角で産声を上げた。創業者の大塚実(現:相談役名誉会長)は、お客様に対する責任を明確にするため、あえて社名に自分の名字である大塚を入れた。当初は大塚実ひとりだったが、同年の8月初旬に社員一号が入社。後の社訓の礎となる「経営者と社員が信頼感をもって結ばれ、家族も含めて本音で付き合える会社にしたい」を実現するための第一歩を踏み出した。

創業当初のビジネス戦略は、次の3つに集約される。「1.中小企業をメインターゲットにする。」当時の複写機業界大手は大手企業をターゲットにしていたのに対し、大塚商会は中小企業を顧客に据えることで、独自市場を開拓。「2.面で攻める。」地域の購買者密度が高い新聞配達の方法を参考に、一定の地域をくまなく回る「新聞作戦」を展開。地域の顧客密度を高くすることで、単価の安い感光紙でも1冊から配達できる体制をつくった。「3.ベースを増やす。」単価が高い複写機は頻繁に買い換えるものではないため、感光紙などの消耗品(ベース)を継続して販売することで、安定した収入源を確保。この中小企業を対象とし、地域内での顧客密度を高め、消耗品の売り上げを重視するという大塚商法の真髄は、今も引き継いでいる。

大森を皮切りに次々と支店を開設

大森を皮切りに次々と支店を開設

地域内の顧客密度を高めるためには、各支店の担当地域をできるだけ狭くする必要があった。そこで創業2年目の1962年には、倉庫を備えた支店網の拡充に乗り出した。大森を皮切りに、新宿、赤羽、亀戸と次々に支店を開設し、創業3年で、秋葉原を中心に四方へ支店開設するという初期の目標を達成。その翌年には、大阪へも進出するなど順調に成長し、1968年7月には、東京・水道橋に念願の本社ビルを竣工した。

業績が順調に拡大する一方で、複写機ビジネスには大きな転換期が訪れていた。大塚商会が取り扱っていた乾式間接静電複写機に代わり、株式会社リコーが発売した電子リコピーが市場を制覇しつつあったのである。自社の発展のためには、リコーの正規代理店になることが最善の策と考え、リコーとの取引を開始。その3年後の1971年には、東京と大阪において、リコーの最大にして最強の代理店となった。

1970 “COFの大塚商会”へ

電卓から電算機へ

電卓から電算機へ

1960年代半ばから、日本では電卓市場が一気に広がり、大塚商会も早くから電卓の販売に取り組んでいた。しかし、競争の激化により電卓の低価格化が急速に進んだため、1970年に入ると電卓に代わって電算機(オフィスコンピューター/通称オフコン)の販売に移行する。販売拡大のため、6月1日から7月15日までを期間とした「6月決戦」と、10月から11月にかけて「ダブルパンチコンテスト」を実施。特に6月決戦は最重要コンテストに位置づけられ、全社員が一丸となって販売拡大に努めた。その結果、電算機事業は順調に売り上げを伸ばしていった。

ところが、1973年に起こったオイルショックなどの影響で電算機事業は低迷。1974年には減益を余儀なくされ、好調だった複写機部門からは電算機事業撤退の声が上がった。しかし、大塚商会が複写機のみの販売会社で終わらないためにも電算機事業は不可欠だと考え、同事業の強化を打ち出した。オフコンメーカーの御三家の一角である、日本電気株式会社(NEC)との提携もその一つである。同時に、製品の販売からアフターサポートまでを担う「ワンストップソリューション」の発想もこのころに誕生した。

COF戦略でOA市場に挑戦

COF戦略でOA市場に挑戦

業績の低迷が続く中、大塚商会は「COF戦略」という新たな構想を打ち出した。オフィス・オートメーション(OA)の流れに乗り、複写機(コピー)、オフコン、ファクシミリの3機種を総合的に取り扱う販売会社を目指したのである。3機種の中でも苦戦を強いられていたオフコンを強化するため、「オフコン倍々3カ年作戦」を実施。好評を博したオリジナルソフト「SMILE」(オフコン版)の波及効果もあり、オフコンの導入台数を伸ばしていった。

また、リコーから高速複写機が発売されたのを機に、未開拓だった中堅・大手企業向け市場の開拓を開始。創業当初からのビジネス戦略であったベース増強最優先策をあらためて打ち出し、収入の安定化を図った。こうして総合OA販売会社としての道を歩み始めた大塚商会は、この後新たな舞台へと快進撃を始めていった。

1980 “OAの大塚商会”への変貌

パソコンで大躍進

パソコンで大躍進

パソコン時代の到来を予見し、1981年の創立20周年の記念式典ではパソコンとワープロへの進出を目指した「ニューCOF戦略」を発表。翌年からは、パソコンスクールを併設したパソコンショップを首都圏だけでなく地方にも開設し、パソコン事業を本格的に展開した。従来からのコピー、オフコン、ファクシミリに、パソコンとワープロを加えた「OA5種の神器」を取り扱う販売代理店に脱皮した大塚商会は、その総合力を存分に発揮するため、一つの地域で、一人のリーダーのもと、各部門の営業が一体となって一つの戦略を推進する「地域事業部制」を導入するなど組織改革も断行した。

このころ、経営不振に陥った老舗旅館を支援する形でホテル事業にも参入。1986年の創立25周年記念式典では、さらなる基盤強化を目指した4大プロジェクトを発表する。その内容は、社員の福利厚生面の充実を目的とした二つのホテル兼保養所の建設、自前の自動車修理工場の建設、サービスやサポート強化のための物流センターの建設である。これらを合わせると、総額100億円を超える壮大なプロジェクトとなった。

CAD事業への進出とパソコンLAN事業への参入

CAD事業への進出とパソコンLAN事業への参入

1984年には優秀な技術者を獲得し、ソフト開発力を強化するため、技術部門を分社化して大塚システムエンジニアリング(現:株式会社OSK)を設立。さらに、このころから開始したCAD事業が安定的な収入の柱へと成長する。ネットワーク時代へと進む中、キヤノン販売(現:キヤノンマーケティングジャパン株式会社)との取引を開始するなど、既存の取扱商品も拡充していった。

また、パソコンをネットワークでつなぐ「パソコンLAN」の可能性にいち早く着目し、1987年にネットワーク専門の後方支援部隊「トータルネットワークサポートセンター」を設置。一方、オフコンに代わってパソコンがオフィスコンピューターの主役になると考え、オフコン、パソコンという商品群別の販売体制を廃止し、各地域事業部内に「エリア販売課」「業種販売課」「大手販売課」を置いた。

1990 “SIの大塚商会”へ大転換

新たな大塚商会への始動

新たな大塚商会への始動

1992年、ついに売り上げ2000億円の大台を突破。このころには、企業は重厚長大で価格の高い汎用コンピュータから、組み合わせが自由で価格も安いオープンシステムに移行しつつあった。その主役であるパソコンLANシステムには、どのメーカーのパソコンもつなぐことができる。大塚商会は、独立系の販売会社の強みを活かして取り扱いメーカーを増やし、マルチベンダーを実現していった。

こうした市場の新潮流、つまりネットワーク、オープンシステム、ダウンサイジング、マルチメディア&マルチベンダーといった傾向をいち早く捉え、それぞれの頭文字を取った「ネオダマ」という言葉を販売戦略のキャッチフレーズに採用。ネオダマ戦略の推進により大手企業への提案力を高めると同時に、超大手企業を対象にした専門部隊を発足させ、「大手にも強い大塚商会」が誕生した。

インターネットビジネスへの本格参入

インターネットビジネスへの本格参入

ハードウェアの保守が中心だったサポートサービス「トータルαサービス」を進化させ、トータルなサービス体系を整備した新サービス「NEWトータルαサービス」を開始。また、新たなパソコンショップ構想「αランド構想」を打ち出し、パソコン本体だけでなく周辺機器やソフトも取り扱うことで、リピート客獲得のための店舗づくりを目指した。それに伴い、商品部を新設して仕入れ体制を強化。
さらに、全国に支店を持つ大企業への営業活動を強化するため、全国主要都市への支店展開を急速に進めていった。

一方で、バブル崩壊による影響を受ける中、各拠点が大きな権限を握る現行体制と、旧式のコンピューターシステムによる問題点が浮き彫りになっていた。大塚裕司(現:代表取締役社長)は、これらの社内体質を改革するため「大戦略プロジェクト」をスタート。このプロジェクトの成果が、後の大塚商会の飛躍的な成長へとつながっていくことになる。

ノンハードビジネスへの強化

ノンハードビジネスへの強化

パソコン事業は急速に成長したものの、価格競争が進み、薄利多売の様相を呈していた。企業の成長と共に肥大化が進んだ社内体質を改善するため、売り上げ優先主義から粗利重視へと方針を転換。ハードウェアを販売するだけでなく、付加価値を生み出せる独自商品の開発、すなわち「ノンハードビジネスの強化」へと舵を切った。

ノンハードビジネスの代表格となったのが、業務用ソフト「SMILEα」である。また、ビジネスの世界で本格的に活用され始めていたインターネットに対応するため、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)事業として「αWeb」を開始し、Web事業を本格的にスタート。さらに、サプライ事業の抜本的改革を目指してMRO(メンテナンス・リペア・アンド・オペレーション)事業部を新設すると共に、オフィスサプライ通販カタログ「たのメール」(現:たのめーる)を創刊した。

インターネットの普及に伴ってセキュリティへの関心が高まると、セキュリティ事業もノンハードビジネスの柱の一つとして成長を遂げた。従来のようなセキュリティ関連製品の販売やシステム構築から、セキュリティに関するトータルソリューションを提供するビジネスへと進化したのである。これを受けて、ネットワークセキュリティをトータルにサポートする「ネットワークセキュリティサービス」を体系化して提供開始。さらに、「OSM(Otsuka Security Management)」を発表し、顧客のニーズ全般に対応したサービスに発展させた。

2000 “ソリューションプロバイダーの
大塚商会”へ

新体制のもと新たな一歩を踏み出す

新体制のもと新たな一歩を踏み出す

2000年7月、大塚商会は東証一部への上場を果たした。2001年には新本社ビルを着工。同年7月の創業40周年を機に大塚実から大塚裕司へ社長を交代し、新体制のもと新たな一歩を踏み出した。また、2002年からは「New-Web戦略」を展開し、リアルビジネスとWebビジネスを融合したワンストップソリューションを通じて、お客様の視点に立った商品、サービス、企業の価値向上を支援する経営の実現に取り組んだ。

2002年11月には、大塚商会の憲法といえる「ミッションステートメント」を制定し、翌年1月に告示。ミッションステートメントには、大塚商会のあるべき姿、社会的役割、責任、存在意義を「使命」とし、その使命を達成するための「目標」と日々実践すべき「行動指針」がまとめられている。また、ミッションステートメントに掲げられた「自然や社会とやさしく共存する企業」の実現を目指し、社会貢献活動への取り組みが本格的にスタートした。

サービス&サポート事業を2大ブランドに集約

サービス&サポート事業を2大ブランドに集約

「たのめーる」やASPをはじめとした大塚商会のサービス&サポート事業は順調に成長していたが、このころになるとサービスメニューが多様化・複雑化し、お客様から見て分かりにくくなっていた。そこで2006年に、OAサプライや文具などの販売は「たのめーる」として継続し、保守や各種スクール、ASP、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、回線サービスなどは「たよれーる」という新しいブランドに統合。お客様のさまざまな課題をサポートする体制を整備・拡充した。このようにサービス&サポート事業を2大ブランドに集約することで、お客様が利用しやすい環境が整えられたのである。その後も、「たのめーる」はオフィス家具などの品ぞろえ強化を目的に株式会社ライオン事務器と資本・業務提携を開始。一方の「たよれーる」は東京・秋葉原のデータセンターに「たよれーるマネジメントサービスセンター」を開設するなど、事業を強化していった。

そして、「たのめーる」と「たよれーる」を中核としたストックビジネスは、2000年の上場から 2009年までに1000億円以上の売り上げを伸ばし、売り上げ全体に占める割合も4割を超えるまでに成長。リーマンショックの影響で減収減益に陥った2008年、2009年には、ストックビジネスが厳しい経営環境を下支えし、不況時のリスク分散にも成功した。こうしたストックビジネスの成長を支えているのは、大戦略プロジェクトで構築したロスのない基幹系システムと、そのデータを活用したSPRによる生産性向上などの要素が大きい。

現代 現在期 そして頂点へ

省エネ事業を加速

省エネ事業を加速

大塚商会では2007年に本社ビルにBEMS(Building and Energy Management System)を導入し、フロア単位での節電効果、節電対策をいち早く実施。2011年には東大グリーンICTプロジェクトに参加し、節電に関するあらゆる課題解決に取り組んでいる。これらの知見や自社での実践をもとに、オフィスの節電対策やBEMSなどの省エネ事業を強化している。

2008年12月には韓国のLED照明メーカーと販売代理店契約を結び、「たのめーる」を通じてLEDの販売を開始。さらに、2010年2月には、東京・新宿に日本最大級のLEDを使った広告塔を設置し、LEDの利点や実用性を広く訴求すると共に、オフィスや家庭での環境ソリューションの提案を推進している。
また、2012年にはスマートコンセントを初めて紹介し、オープンBEMSへの採用に向けた実証実験を開始。今では東大BEMS実証実験で使用された国際標準規格の通信プロトコル「IEEE1888」を利用して電力の「見える化」を実現し、効果的な節電環境を実現している。
2016年には、電力自由化の始まりにあわせ、新電力の販売も開始した。

目指すは「街の電器屋さん」

目指すは「街の電器屋さん」

2014年から消費税増税前の駆け込み需要やWindows XP更新需要に伴うシステム更新に対応するなど、総合力でお客様のニーズに応え続け、リーマンショック以降順調に売り上げを伸ばしている。その背景には営業へのiPad配布などのツール面の強化や地域密着型の営業支援を目指した地域プロモーションの拡充、見積り作成の生産性向上、営業支援センターの増員など全社的な戦略的施策がある。結果的に従来のCOF戦略から脱却し、全営業がよりお客様との密着度を高める「オールフロント化」が現実のものとなった。

オフィスを取り巻く環境の変化に伴い、大塚商会が取り扱う商品やサービスは多様化してきたが、大塚商会に求められることは創業以来変わらない。それは地域に密着し、お客様の要望にきめ細かく対応する「街の電器屋さん」になること。大塚商会のお客様への深耕度を考えると、お客様へのソリューション(解決策)の幅はまだまだある。2018年は「ソリューション」をキーワードに、中小企業に加え、多店舗展開企業に対してクロスセル(複合的な提案)を行い、「オフィスまるごと提案」を可能とする総合力でお客様の期待に応えていくという戦略を打ち出した。その結果、売上高はグループで7500億を突破。2017年の売上高が約6500億なので、わずか1年で1000億もの売上をプラスしたことになる。今後も企業のあらゆるニーズに対応し、独自の取り組みで日本企業のIT化を支えていく唯一無二の企業として成長を続ける。

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